呼吸器疾患領域での大胆な一手:メルク、ベローナの画期的なCOPD治療薬に100億ドルを投じる
製薬大手、2023年以来最大の買収でキイトルーダ後の未来を盤石に
メルク(Merck & Co.)は、がん治療の主力薬「キイトルーダ」の特許切れが迫る中、画期的な慢性閉塞性肺疾患(COPD)治療薬を開発する英国のベローナ・ファーマを約100億ドルで買収することに合意しました。
水曜日に発表されたこの取引は、メルクにとって2023年のプロメテウス・バイオサイエンス買収以来、最大の買収となります。合意に基づき、メルクはベローナ・ファーマとその主力治療薬「オトゥヴェア(Ohtuvayre)」の完全所有権を獲得するため、米国預託証券(ADS)1株あたり107ドルを支払います。これは、発表前のベローナの終値に対して23%のプレミアムとなります。
パテントクリフとの競争:300億ドルの収益ギャップが危機に
この買収は、メルクが直面する厳しい現実を浮き彫りにしています。年間約300億ドルの売上を誇る免疫療法薬「キイトルーダ」は、2028年に特許切れを迎えます。この差し迫った「パテントクリフ」は、メルクの成長軌道に暗い影を落としており、市場全体が上昇する中でも、同社の株価は年初来で約18%下落しています。
メルクのCEOであるロブ・デイビス氏は声明で、「この買収は、当社の変革における極めて重要な一歩であり、当社の呼吸器疾患治療薬ポートフォリオを大幅に強化します」と述べました。「オトゥヴェアは、世界中で何百万人もの患者が苦しむ衰弱性の疾患であるCOPDに対し、計り知れない価値をもたらします。」
ベローナにとっては、この取引は臨床段階のバイオテック企業から商業的成功への目覚ましい道のりの集大成となります。ベローナのCEOであるデビッド・ザッカレリ氏は、「メルクの世界的な事業展開と臨床専門知識は、オトゥヴェアがより多くの世界中の患者に貢献する可能性を加速させるでしょう」と述べました。
「数十年間で初の真の革新」が示す目覚ましい商業的滑り出し
「オトゥヴェア」は、過去20年以上で初のCOPD向け新規吸入療法であり、2024年8月の米国発売以来、目覚ましい商業的勢いを示しています。2025年第1四半期には7,130万ドルの売上を記録し、前期比で95%増加しました。約25,000件の処方箋が発行されています。
この治療薬は、独自のデュアルPDE3/PDE4阻害メカニズムにより、単一の吸入剤で抗炎症作用と気管支拡張作用の両方をもたらします。この既存治療法との差別化は、発売から5ヶ月以内に3,500人以上の新規処方医を引き付けました。
匿名を希望したある業界アナリストは、「呼吸器専門医と一般開業医の両方で異例なほど強い採用が見られます」と述べました。「処方の軌跡はトレレジーの発売初期に似ていますが、オトゥヴェアはより高い価格設定と幅広い適応症の可能性を秘めています。」
満たされない慢性的なニーズを抱える500億ドルの世界市場
COPDは米国だけで約1,170万人の成人が罹患しており、世界市場規模は年間500億ドルに達します。この莫大な患者人口にもかかわらず、治療法の革新は何十年も停滞していました。
「オトゥヴェア」は好意的な保険適用を獲得しており、米国における保険加入者の78%がTier-3以上のアクセスを持ち、事前承認の拒否率は8%を下回っています。この支払者側の受容性と、同薬の臨床プロファイルが相まって、アナリストは2030年代半ばまでに年間売上高が最大40億ドルに達すると予測しています。
額面価格以上の意味:取引の経済的側面
100億ドルの買収額はかなりのプレミアムですが、詳細に検討すると、メルクの提案の背後にある戦略的な計算が明らかになります。
コンセンサスによるピークセールス予測と業界標準の評価指標に基づくと、「オトゥヴェア」単独の純現在価値(NPV)は約60億〜70億ドルと推定されます。メルクが支払うプレミアムは、国際展開の加速と、現在第3相試験中の非嚢胞性線維症性気管支拡張症を含む潜在的な新規適応症からの追加価値への期待を反映しています。
この取引は、2025〜26年にはメルクの1株当たり利益(EPS)を希薄化させ、2027年には中立となり、キイトルーダの特許切れと重なる2028年以降は増益に寄与すると予想されています。
単なる足し算以上の相乗効果:呼吸器疾患領域の優良企業を構築
今回の買収は、「オトゥヴェア」の収益源を単純に加えるだけでなく、実質的な事業上の相乗効果を生み出します。メルクは、既存の呼吸器専門の営業部隊(同じ医師層に「ウィンレヴァー」を既に販売)を活用することで、5年間で3億5,000万ドルの販売管理費(SG&A)を削減できると見積もっています。
製造効率も別の機会となります。メルクのノースカロライナ州にある吸入器製造施設は現在、稼働率が60%を下回っています。ベローナのアウトソース生産を自社生産に切り替えることで、2027年までに粗利益率を6〜7%向上させることができます。
あるヘルスケアファンドマネージャーは、「これは単に収益の穴を埋めるだけでなく、最終的にはメルクのがん治療部門の収益性に匹敵する、複数の資産を持つ肺フランチャイズを構築することです」と指摘しました。
今後の展望:取引成功のための重要なマイルストーン
メルクの100億ドル投資が期待通りのリターンをもたらすかどうかは、いくつかの重要な進展にかかっています。
- 家庭用ネブライザー展開: 2025年第3四半期に予定されているFDA追加申請により、「オトゥヴェア」の適応が重度/高齢のCOPD患者に拡大され、対象市場が約8%増加する可能性があります。
- 欧州での承認: 2026年第1四半期に予定されている欧州医薬品庁(EMA)の決定は、国際的な収益貢献のペースを決定します。
- 適応拡大: 非嚢胞性線維症性気管支拡張症を対象とした第3相RELIEVE試験が成功すれば、ピークセールスに8億ドルを追加する可能性があります。
- 薬価環境: 2026〜27年に米国で潜在的な薬価改革が行われる可能性がありますが、COPD治療薬は他の治療領域に比べて圧力が少ないかもしれません。
投資の視点:不確実性の中の機会
投資家にとって、メルクの積極的な動きは複雑な様相を呈しています。予想PER(株価収益率)12.5倍という同社の株価は、キイトルーダ後の未来に対する懐疑論を既に反映しています。ベローナの統合が成功し、「オトゥヴェア」の業績が予想を上回れば、株価は100ドル(2027年予想EPSの15倍)に向かって上昇する可能性があります。
あるアナリストは、「メルクは、慢性的にニーズが満たされていない市場で、希少な発売準備段階の資産に対して、成長オプションの価格を支払っています」と示唆しました。「ベースケースでは資本コストをわずかに上回る程度ですが、戦略的な選択肢があるため、リスクとリターンのプロファイルは好意的です。」
ベローナの既存株主にとって、残りの合併裁定取引スプレッド約2%