IRENの97億ドル、マイクロソフトとの巨額契約の舞台裏:熱狂の影に潜む現実
元ビットコイン採掘業者が今年最大のAIインフラ契約を獲得したが、その詳細には別の物語が隠されている。
IREN Limited(以下、IREN社)が11月3日、マイクロソフトとの97億ドル規模の提携を発表した際、市場は熱狂に包まれた。同社の株価はランチ前までに過去最高の73.65ドルまで急騰し、午前中だけで時価総額が40億ドル近く増加した。マイクロソフトは、AzureとOpenAIの運用を強化するため、NVIDIAの強力なGB300チップを確保する5年間のGPUクラウド契約に合意したのだ。再生可能エネルギーを用いたビットコイン採掘から始まった同社にとって、AIインフラへの転換が実を結んだ完璧な証拠に見えた。
しかし、この興奮の裏側を覗くと、より複雑な実態が見えてくる。この契約は棚ぼた的な現金収入ではなく、マイクロソフトの容量ひっ迫を、IREN社にとってこれまでで最大の建設および実行の課題へと変える、財政的な綱渡りなのである。
数字の裏にある現実:19.4億ドルの即金ではない
投資家たちは、IREN社が契約総額の約20%にあたる20億ドル近くを前払いで手に入れたかのように殺到した。しかし、規制当局への提出書類に記載された真実は、より慎重な状況を示している。
マイクロソフトからの支払いは段階的に行われる。各分割払いは、テキサス州チャイルドレスにあるIREN社の750メガワットのキャンパスで、特定のデータセンターの「ホール」が稼働を開始した時にのみ実行される。このテクノロジー大手は納入前に20%の手付金を支払うが、その金額は2年間の運用後にサービス料から相殺される形となる。言い換えれば、これは無償の資金ではなく、利益を膨らませるためではなく、建設資金を賄うことを目的とした構造化されたキャッシュフローなのだ。
そして、この点が極めて重要である。IREN社はすでに、デル・テクノロジーズからGPUやハードウェアに58億ドルを費やすことを約束しているからだ。これらの納入は2026年3月に始まり、支払い条件はわずか30日間である。マイクロソフトが完全にコミットし続けるか否かにかかわらず、IREN社は責任を負うことになる。液冷システム、電力インフラ、200メガワットのAI負荷に対応するための送電網アップグレードを含めると、マイクロソフトの段階的な前払いがあったとしても、同社は今後2年間で実質的に40億〜45億ドルの現金が必要となるだろう。
時価総額が200億ドル近くあることを考えると、この計算は壊滅的ではないが、決してリスクがないわけではない。IREN社が10月に発行した10億ドルのゼロクーポン転換社債は、今回の発表に完璧なタイミングであったように見える。それでも、同社は資金ギャップを埋めるために、新たな負債または株式による追加資金が必要となる可能性が高い。
スケジュール圧迫:厳格な成果条項
マイクロソフトの契約は、善意に対して報酬を与えるものではない。IREN社が、たとえ短い猶予期間の後であっても、納入マイルストーンを達成できなかった場合、マイクロソフトは契約の一部をキャンセルし、ワークロードを別の業者に移すことができる。同社はネビウスやコアウィーブとも同様の契約を結んでおり、代替手段には事欠かない。
この条項により、リスクは全面的にIREN社に転嫁される。97億ドルの全額が実現するのは、同社がすべてのマイルストーンを期日通りに達成し、2026年末までに最先端の液冷式GPU容量200メガワットを展開した場合に限られる。建設の遅延、送電網の障害、冷却システムの故障などがあれば、収益が大幅に削減されるか、あるいは完全に消滅する可能性もある。
すぐに多額の収益を期待してはならない。収益は、5年間の数字が示唆する年間平均19.4億ドルには及ばないだろう。展開が2026年いっぱいまで続くため、本当の収益が計上されるのは2027年以降となる。2026年から直線的な成長を見込む者は、厳しい現実に直面することになるだろう。
投資の算段:良好だが、傑出しているわけではない
ビジネスの観点からは、この契約は堅実に見えるものの、目覚ましいものではない。IREN社が順調に事業を展開し、55%から65%の健全な利益率を維持できれば、プロジェクトが本格稼働した際には年間約11億ドルから12.5億ドルのEBITDAを期待できる。
これは40億〜45億ドルの建設投資に対してはまずまずのリターンであり、内部収益率(IRR)は一桁台後半から10%台前半の範囲に収まる。しかし、これは売上高の10倍といったマルチプルを正当化するほどの利益爆発ではない。
それでも株式市場は大きく賭けている。IREN社の企業価値は200億ドル近くに達しており、これはこのマイクロソフト契約の完璧な実行だけでなく、同社の3ギガワットの電力ポートフォリオを埋めるためのもう一つの主要なAI顧客をも織り込んでいる。
マイクロソフトのデータセンター容量への需要は莫大であり、IREN社の再生可能エネルギーを利用した施設は化石燃料をベースとする競合他社に対して優位性を持つため、これは可能であり、もっともらしいとも言える。しかし、マイクロソフトは特定の企業を優遇するようなことはしない。そのマルチサプライヤーモデルは、ベンダーを誠実に保ち、かつ代替可能にするように設計されている。
真の転換点は、IREN社がマイクロソフトとの契約に直接紐付いたプロジェクト特定型の融資を確保できるかどうかだ。これが実現すれば、同社は株式希薄化を避け、貸借対照表を強化することができる。しかし、新たな転換社債の発行は危険信号となるだろう。それは、投資家が考えているよりも現金の必要性が大きいことの証拠となる。
マイクロソフトの戦略が本当に示唆するもの
マイクロソフトが最近締結した一連の契約(IREN社、コアウィーブ、ネビウスなど)は、明確な戦略を明らかにしている。同社はOpenAIとAzureからの需要が急増する中で、2026年中頃までに容量を追加しようと急いでいる。複数のサプライヤーに契約を分散させることで、マイクロソフトは柔軟性を維持する。もし一社がマイルストーンを達成できなければ、ワークロードは遅滞なく別のサプライヤーに移行する。
これはIREN社にとって大きな変化だ。同社は、予測不能な暗号資産採掘のサイクルから、高いリスクを伴う企業向けクラウド契約の正確性が求められる世界へと移行した。ここでは、サービスレベル契約(SLA)を遵守できないと、収益が損なわれるだけでなく、事業全体が消滅する可能性さえある。
そして、技術的な課題も現実のものだ。元々ビットコイン採掘設備向けだったIREN社のチャイルドレス・キャンパスは、今やAIクラスターの熱と複雑さに対応しなければならない。高密度なGPUラックのための液冷を管理し、熱負荷を最適化し、テキサス州の電力網が夏に受けるストレスにも対応する必要がある。いかなるミスもパフォーマンスを低下させ、違約金を引き起こす可能性がある。
最終的な見解:大きな夢、より厳格な期限
2022年の2ドル台から今日74ドルにまで上昇したIREN社の道のりは、AIブームを凝縮して示している。それは、速く、華やかで、大きな期待に満ちている。マイクロソフトとの契約は本物であり、その機会は計り知れない。しかし、前途は険しい。成功は今や、誇張ではなく、完璧な実行にかかっている。
もしIREN社が約束を果たせば、同社は次世代のAIインフラ大手の一角としての地位を確立するだろう。しかし、もし躓けば、この97億ドルという賭けは、ウォール街にとって過信による最も高価な教訓の一つとなるかもしれない。
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